腰痛に悩んでいます

私は、高校生の頃から腰痛に悩んでいます。骨盤や背骨の歪みから来ているそうなのですが、ちょっと腰を冷やしたり、運動不足や寝すぎなどで、腰回りの筋肉がなくなると、ぎっくり腰のように立てなくなるほどひどくなります。
高校生の頃は、短いスカートやショートパンツを履いていたので、そのための冷えが原因で、立てなくなって学校を休んだことがあります。大学生の時は、長期の休みの時に寝る時間が増え、運動不足と重なって、1週間ほど寝込みました。
慢性的に起こるので、これをぎっくり腰というのかはわからないのですが、本当に痛すぎて動けないです。
そんな風に動けなくなるほどひどくなった時は、何にもできない自分が情けなくて、なんだか悲しくなったりもします。ですが、本当に本当に痛すぎて、最初のうちは笑うしかなかったり。大学生で一人暮らしをしていた時にこの状態になった時は、心細さも加わり、母親に泣き笑いながら電話をしたのを覚えています。(笑)
また、この状態になるとくしゃみをするのも覚悟が必要になるほどで、寝返りもうてないし、お腹の調子も悪くなる、肌も荒れる、と最悪なことだらけになります。なので、ストレスがとんでもなくかかりました。本当に健康が一番だと、心から思いますね。
私はそんな状態になった時、整骨院に行くようにしています。
しかし、初期の段階では本当に立つこともできないので、1,2日は絶対安静です。その間に、患部が熱をもっているので、氷や冷たいタオルで冷やします。それで安静にして、動けるようになったら、整骨院に行きます。
直近でこの症状になった時は、大阪に住んでいたので、にしはた整骨院というところにかかりました。そこで、機械を使った骨盤調整や電気治療をしてもらい、さらに軽いマッサージやストレッチもしてもらいます。そして、帰りにはテーピングをしてもらう、といった流れで、2,3日おきに2週間ほど通いました。
初回に整骨院から帰ってきた時点で、明らかに行く前より歩きやすくなっていて、驚きました。整骨院に通ってからも、まだ患部が熱をもってる間は、家で冷やすことも続けていました。熱がひくと、痛みもしだいにおさまってきました。そして、整骨院に2週間ぐらい通うと、ほとんど元のように生活できるようになりました。完治した、ということだと思います。
もともと、私は骨盤や背骨など、体が歪んでいるのが原因で、腰痛になっていました。
また、腹筋や背筋が人より弱いらしく、それも原因だと指摘されました。
なので、その整骨院で骨盤や背骨を整えてもらい、腰痛の方でも腰をいためずにできる簡単な腹筋運動を教えてもらって実践していたら、それ以来立てなくなるほどのひどい腰痛になることはなくなりました。
整えてもらったその時はいいのですが、やはり生活していると歪みが戻ってきてしまいます。腹筋運動はまだ続けられているのですが、骨盤調整も定期的に行きたいと思っています。ですが、あんなひどい状態には、もうなることもなくなったので、本当に嬉しいです。

それで、最近知ったのですが、これなんか良いみたいです。

大阪 腰痛 整体

東建多度カントリーでの思い出

私が水商売をしていたころ、お客様とゴルフへ行くことは当たり前のことで特にいやらしいことはありません。
お店はラウンジです。25名様ほど入れる個人のお店でスタッフはママ含め6人です。
その中でゴルフができるスタッフはママと小ママと私の3人でしたので私は一月にラウンドプレーするのは3回ほどです。

多いとき5回ほどです。ほとんどお客様としか行きません。

大阪に住んでいますので府内や奈良県、三重県の3県内のほとんどのゴルフ場へ行きました。
たくさんありひとつずつ説明しても良いくらいです。その中でも特に印象の深いゴルフ場は三重県にあります東建多度カントリーです。
自分の車で行くときとお客様が家まで迎えに来て下さる時とがあります。第二京阪道路と名神高速を通ったと思います。
自宅から1時間半くらいで着きました。
使用していたクラブはプロギアのものです。ソールが分厚いもので4番5番7番ウッドもプロギアです。

パターはホワイトホットです。ウェアは夏はポロシャツとスカート、靴下はロング。手袋は両手です。

帽子はプロギアのもの。赤色、白色、ベージュ、黒色たくさんあります。シューズはキャラウェイかプーマ。
冬場はハイネックでベスト、厚手のスカートか長ズボンです。冬は体が暖まるまでとても寒いのでジャンパーも着ます。
プレー代は飲み屋のお客様とのゴルフでも私達はほとんど自腹です。お店からは1度も払ってもらったことはありません。

仕事で行ってるのにせめて半分くらいは払って貰いたかったですし手当てもないので何のために接待ゴルフをしているのか嫌になります。
先ほど名前をあげました東建多度カントリーは平日でも2万円くらいはしました。キャディーを付けましたし、もちろん食事もしましたから。

ただ、今までのゴルフ場の中でも1番キャディーフィーが高額でした。

5000円ほど取られていてとってもびっくりしたのを覚えています。それなら付けなくて良かったのに!でもゴルフ場はさすがプロの試合をやるところなので隅々まで整備されておりとっても綺麗でした。 春はフロントへ車で上がっていく門を過ぎてから途中の桜の木のトンネルは見事です。
コースではお花や小さな山、金閣寺もあって池にはヨットが何船浮かんでいます。冬は緑に色付けしてあって全コース緑色の芝です。グリーンもとてもきれいに整備されていました。(ボコボコしていない。)
白鳥、黒鳥や鴨たちがたくさんいてとても可愛く和みます。

レストランにはとても大きなスクリーンが真ん中の壁にありプロのゴルフプレーが流れていて観てるだけでも面白いし、人と会話することが苦手な時はその映像を観ながらひとつ話題ができるのでとてもありがたいと思いました。
私達水商売はこのゴルフの後の流れでいかにお店へ呼ぶかという任務もあり、心からゴルフを楽しむということはありません。
払ってもらえるならまだしも自腹で行くゴルフはもっと気の合う友達とかと行きたいものです。
私は赤マークから打つので距離的に楽なコースもありました。バンカーが得意ですが1、2回くらいしか入りませんでした。
へアウェイはフワフワしてじゅうたんのようでした。スコアは毎度のごとく110代です。たくさん行ったゴルフ場の中で私はここが1番好きです。
だだ仕事ではなく何度も言いますがプライベートでいきたいものです。

そして、その時にはゴルフも、もっと上手になりたいものです。

それで、実際に買ってみたのが、これです。

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星占いの結果

乗るはずの電車の時間を思い出して、駅までの道をふらふらと歩きだす。心臓がドキドキして目の前の風景が揺れていた。
どうにか倒れないようにいつもの道を歩いた。身体ががちがちに固まっているのに気づいて、ちょっと深呼吸した。
こういうフラッシュバックはちょっとした引き金で起きて、当時の感情が蘇ってしまう。少し待っていれば収まるのだが、知らないうちは蘇った恐怖にパニックになっていた。
「大丈夫、大丈夫。今は大丈夫。昔のことが出てきただけ」
と、自分に言い聞かせながら、改札をくぐる。

職場について廊下の人割表を見てホッとした。私が苦手な男性社員と今日は組まなくてよさそうだ。私はレストランでパートで働いていて、人割りによっては同じフロアを苦手な人と組んで二人きりで仕事をまわさなければならない。
なぜこの男性社員が苦手なのかといえば、元夫に似ているからだ。人の話を聞かないし、自分の価値観を押し付けてくる。今は距離を置いてつきあえているが、最初は違った。

私は彼が怖くて仕方がなかったので、わざわざ自分から進んで彼に近づいていった。一生懸命にご機嫌を取って、その人が私のおべっかに満足そうに笑っているとほっとして、どんな仕事を仕上げた時より充実感を感じた。

自分でもおかしいな、と思っていたら、通院している精神科の先生に、それは元夫からの精神的DVの後遺症だと言われた。
恐怖を感じる人に、攻撃される前に自分からご機嫌を取りに行って攻撃を未然に防ぎたいのだと。元夫にしていたのと同じことを今もしているのだ、と言われた。それからその男性社員とは距離を取るようになって、少し楽になったけれど。

あの逃げ場のないボクシングのリングみたいな家庭の中で、リング中追い回されて殴られ続けた日々は、私の心のメモリーに刻まれてしまい、ちょっとしたきっかけで出てきては私を支配する。

嫌いな人にわざわざ近づいていって積極的にご機嫌を取っているだなんて…。
誰も私がDVの後遺症でそんなことをしているとは思わないだろう。好きでそうしている、と思われるだけだ。

刻み込まれた恐怖って怖いと思う。人を、自分がやりたくもない事をやる操り人形みたいにしてしまう。
恐怖に動かされている時は、自分が何をやりたいか、どうしたいか、なんて分からなくなっている。

元夫も、もしかしたらそういう恐怖に突き動かされていたのかもしれないけれど。でももう分からない。
私はもう元夫には関わらないし、理解して許そうとも思っていない。

でも、もしそうだったら、もっと楽になって欲しいな、とは思う。

結局、あの星占いが当たったかと言えば全く当たらず、普通の平凡な一日だった。

こっちの方が、よっぽど当たる占いだ。

 

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パワハラ男性社員と組んで仕事をしないで済んだし、お気に入りのお惣菜は半額で買えたし、娘も母も私も怪我も病気もせず無事だった。

鍵を出して自宅のドアを開けると、娘が奥の部屋から眠そうに出てきた。
「おかえり…。ママ」
「ただいま」
眠くてむにゃむにゃ言いながら私に抱きついてくる娘を抱き上げながら、思う。

これからも辛いことはあるだろうけど、どうにもならないと諦めず、自分のために動こう。
もう自分を誰かに引き渡したりしない。少しずつだけど自分を作っていこう。

私のために。私と私の大事な人達のために。

牡牛座

いつもは見ないのに、雑誌の裏の星占いが目に入ってしまった。

出かける前で忙しいのに、こういうものは目に入ってきてしまう。それによると、私の星座である牡牛座は12星座中12位だった。
「トラブルの多い日!気をつけて!」
うわあ…見なきゃよかった、と思いながら身支度をして、玄関に向かう。同居している母に
「仕事、行ってきます」
と声をかける。母が小さな声で
「行ってらっしゃい」と返事する。

40歳にもなって私は暗示にかかりやすく、占いなんて見て最高だの最悪だの言われた日には何でも占いに結び付けて考えて、一喜一憂してしまう。もちろん、自分で自分に
「あんな適当に書かれたもの信じて馬鹿じゃないの?」
と突っ込みながら。

なんで私はこういうものに弱いんだろう?12星座中12位と言われて、本当にそのまま私の日常に酷いことが起こって、自分にはどうしようもないと思っているんだろうか?

そこまで考えた時、結婚していた元夫の顔が一瞬フラッシュバックして、私は立ち止まった。いや、正確には歩けなくなった。

私は、7年間結婚していた元夫に精神的DVを受けていた。自分のルールに私が従わないと、何時間でも説教され罵倒された。娘が5才になったころ離婚して元夫から離れたが、あの日々は私のトラウマになってしまっている。

どうしようもないこと、防げないこと、考えても努力しても無駄なこと、私の意志なんて役に立たないどうでもいいこと…と、繰り返し繰り返し思い知らされたあの日々。

自分のこだわりや考え方を押し付けてくる夫に、自分はこう思うとかこうしたいとか伝えて、話し合ったり折り合いをつけたいと思っていた。
人と人は理性的に話し合って分かち合って、協力して暮らしていくんだ、と娘にも見せたかった。まだ心が柔らかくて何でも吸収してしまう娘のためにも、両親のやり取りはお手本になるようなものでありたかった。

夫はまったく無視した。私の考えも、姿さえ目に入っていないように完全に無視して、自分の世界をお前は受け入れるべき、と言い続けた。

私は夫の攻撃で傷つき萎縮して(傷をいやす間もなく次の一撃が来るので傷は治らない)、話し合うことも自分の考えも手放してしまった。娘へのお手本どころではなかった。

もう夫は私の目の前にいないし、数年に一度娘に関することの手続きの時に事務的なやり取りをするだけで、話をすることもない。
でも、恐怖というものは心のメモリーに強く刻まれてしまい、その人の行動も考え方も縛るのだ。

あの恐怖と、虚無感を覚えている。

自分でどうにもならないこと、努力しても無駄なこと、星占いみたいに勝手に決められて変えようとしても無駄なこと。

私は、元夫といた7年間に、自分を諦めることを覚えてしまった。

ほんの少し立ち止まっていた何分間かに、元夫と暮らした日々の感覚が怒涛のようによみがえって、気が付いた時には汗をびっしょりかいていた。